忍者ブログ

Bipolar Acoustics -双極性音響-

Nakadomari's Official Website

音楽という僕の遺書

風邪が落ち着いたと思ったら、今朝上半身に湿疹ができててとりあえず風邪薬の服用をやめました(^◇^;)

いつも飲んでる薬と飲み合わせが悪かったか、成分のどれかに対してアレルギーが出たのかもしれません。そんなわけで今日も半寝たきり生活で湿疹の見た目がエグくて死を覚悟してました…笑

僕は昔から死をすごく身近に意識しています。その発端は小学校低学年くらいの時に見た夢なんですが、たくさんの歯車に僕の体が巻き込まれて死に向かっていくという内容でした。

それ以来、自分の死に関する夢をよく見るようになり、死は遠いものじゃないんだなと考えるようになりました。

中学生になってから今でもずっと「30歳までに死ぬ」という予感があって、僕はこの感覚にずっと怯えてました。

双極性障害になってからは自殺といった面から死を意識するようになって、双極性障害は比較的未遂率や完遂率が高いことから、いよいよ死が近づいてる感じもしてました。

歯車の夢を見てからしばらくは死が単に「近いもの」だったんですが、特に双極性障害になってからは「迫り来るもの」になったんです。

でも、音楽を作るようになってからしばらく経ってくるとその恐怖感は次第に消えていき、なんだか仏みたいな気分になっています笑

僕は自分の作品に「伝達」という要素を求めていなくて、自分自身の「保存」として楽曲を見なしています。その時々の自分というものを日付とともに残しておきたいと思っています。

それは僕が後々振り返って自分史を懐かしむ目的なんですが、ある意味自動的に僕の音楽が遺書みたいになるよなぁと気づきました。

だから今はパソコンなどの楽曲のデータは全て時系列に整理するようにしていて、僕が死んでこの順に誰かが曲を聴いてくれて、そこから何でもいいから繋がっていけば僕の人生は完璧だと考えるようになりました。

点の作品が増えていき、いつのまにか一つの物語のようになってきています。そしてそれを僕がいなくなった後も誰かが楽しんだり、聴いてくれたりしたら、僕はそこにずっと「保存」されるのだと思います。

こんな自分らしい残し方、遺し方を思いついた時点で死への恐怖は薄らいでいき、生と死がそもそも線で繋がった、そしてずっと伸びていく物語のようなもので美しいと感じています。

でも、風邪な上に流石にMIDIキーボードが壊れて制作できない現状では死んでも死に切れませんけどね!笑
PR

コメント

ただいまコメントを受けつけておりません。