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Bipolar Acoustics -双極性音響-

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霧雨の葉

双極性障害を前面に出している僕ですが、正直こういう疾患は自分でネタにできるくらいがちょうどいいと思います。ただ苦しくて終わり、それつらくない!?ってわけで、僕はザ・バイポーラ―とでも言いましょうか、エンターテイナー化してるわけです。

そんなヘンテコ・バナシは置いといて…

精神疾患はもちろん診断上の基準であったり、各学問・医療分野での治療方針とか、一般的な測り方があります。ただ、本人が病を受け入れるにあたってはパーソナルリアリティ…じゃなくて、その人なりの「精神疾患イメージ」が必要だと思うんですよね。なんというか、ウ○チも「うんちくん」と言えば親しみが持てるのと一緒ですよ!(違和感)

僕の場合は双極性障害のイメージになるわけですが、一言でいうと「灰色」ですね。じゃあこのエッセイのタイトルは何なんだい!?と言われますと、つまりその灰色をさらに別のイメージに置き換えたものです。

ついでに宣伝しとこう…というかそれがメイン?「霧雨の葉」は"Bipolar Acoustics"というアルバムに収録しようと思っている歌物です。いつ発売出来ることやら。

なんというか、僕は結局のところ小さいころから双極性障害的な気分の大きな波とか気質があったと思うんですが、その20数年を振り返って思うのが、「小雨に打たれっぱなし」なんですよね。

それは僕以外の人が気づかないくらいの小雨、霧雨で、でも僕にとっては付きまとわれているような不気味さと、洗い流すような爽快さの両方を持ち合わせたチョー重要な存在なわけです。
 
不気味さが鬱で爽快さが躁と読み取っていただくと分かりやすいです。

ただ、僕の本質はこの「霧雨」ではないんですよ。むしろそれに打たれている灰色の葉なんです。

気分が下がっていても上がっていても、僕は相反するはずの感情がよく入り乱れています。楽しいのに死にたくて、悲しいのにおもしろい、とか。

双極性障害、「躁鬱」って言うけど、実際のところはこの極端な感情のどちらかに揺れてるわけじゃなくて、2つが同時に存在できることが問題だと思うんです。問題というか、苦しい点と言った方がいいかな。

だから、躁状態だろうとうつ状態だろうと、少なくとも僕はどちらも同じくらい苦しいです。そして、その苦しい時間が発症してからずっと僕の日々を支配しています。

そんな苦しい雨に打たれても打たれても、「灰色の葉」は色づかないんですよ。散りもしない。

かといって自分で葉を破り捨てるのもなんだか気が引けるので、雨に打たれてずっと観察しておきます。
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