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Bipolar Acoustics -双極性音響-

Nakadomari's Official Website

さようなら、お隣さん

よく言われることだけど、普通であることって特別なんだなぁと、特に双極性障害を患ってから感じるようになりました。

ただ、「一生の付き合い」になりそうなんですよね。
だからもう僕は「普通の生活」ってできないんだろうなと思います。

普通ってなんだって、哲学的な考えを巡らすこともできるけど、
でも人それぞれ何か世の中に流れている「平均的なもの」の感覚を持っているはずです。

それと自分の言動、状況がどれだけ離れているか、近いのかが分かることで、
安心感やら疎外感やらを日々感じるんでしょうね。

じゃあ、双極性障害から恐らく「普通」、「健常」に戻れない僕はどうするか。

それはもう隣の芝生を気にしないようにするしかないです。
とはいえ、あれば気になるのが人間の性でしょう。

僕がそこで取った手段が「お引越し」です。
左右前後の芝生が綺麗に整えられていたので、荒れ地に転居しました(危険な街風)。

おお、比喩がわかりづらいと言われるのも頷ける気がする。

もうちょい理解しやすく言うと、僕が音楽活動に集中したのは「普通」を諦めたからなんですよ。
やりたいことやってるという側面も確かにあるけど、当初は音楽をやらざるを得なくなったって言った方が正確です。

バイトして帰宅後寝たきり、そしてあら数週間。大学行っても帰宅後寝たきり、あらテスト期間。
もう何もできなくなって、遁世という難しい言葉を使いまくってましたよ。
仕事も学業もまともにできそうもない。躁状態でいろんな人と関わっても、鬱状態の無力さの方が大きくて自己嫌悪に陥る。

だからなるべく人との関わりを減らして、自分の管理下で行える道で生きていこうって考えたんです。

ただ、ライブ出演などの音楽活動をしてたらむしろ人との繋がりって必要です。一人でできることって何にもなくて、その代わりに周囲への感謝の機会やいろんな伝手が生まれます。

双極性障害の場合は人とのつながりってたとえ親しいものでも「しがらみ」になってしまいがちなんですね。なんというか、「対人的刺激」って言うのがぴったりです。
人と会って楽しんでたらいつのまにか躁転して、その後気味悪い鬱状態になって周りを振り回したり、人間関係を断ったりする。
症状がひどいときの僕はそんなことを繰り返してました。

音楽活動をするときはそれを反省して、できる限り人との直接的な関わりを減らし、インターネットをうまく用いて少しずつ生活できるようにしています。

特技はなくても、インターネットを使って生活の糧となるものを見つけるのって容易になってきていると思います。
僕の場合は音楽という、仕事にするにあたっては特殊性の高い分野がたまたま向いていたからいまなんとかやっていってる状態です。それまでは英語の翻訳とか内職とかいろいろ手を出してました。

できないなら諦めて場所を変えてみる。

…よくも悪くもです。転々としてて、引っ越すたびにものを捨てて、いつのまにかほとんど手放している。

それも「普通」を諦めた僕の姿です。

虚しいですね。
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